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第九の4楽章、ピアノ伴奏譜

この時期に第九の記事を連続で...遅いですね、遅すぎですね。
めげずに書きます(笑)。

もうしばらく前のことですが、
ドイツ語を思い切りカタカナですが歌ってみ始めたけれど
細かいところがまるでついていけず、
「いかーん、これは楽譜を見てゆっくりやらないとだめだー」と楽譜を買うことにしました。

最初、オケそのままのスコアを買ってみようと思っていましたが
ピアノ伴奏の楽譜を見つけ、ならば自分で弾いてみる方が勉強になるし、とこちらを選びました。

”オーケストラのピアノアレンジ、合唱の各パート、合唱団”の楽譜です。
クマさんマークのベーレンライターさんのものです。
a0234472_08575706.png
オケの部分はちょろっとしか弾けていませんが、
なるほど、こうなっていたのか、と

合唱部分のハーモニーを弾くのが、ものすんごく気持ち良いです!
本来のテンポよりずーっと遅く、ハーモニーを噛み締めるように弾くと感動モノです。

それから、合唱が入る前の、楽器だけであのメロディーを徐々に厚くしながら演奏する部分も、
本当に深くて美しくて。たまらないですねー(涙)。

この頃にはもう耳がほぼ聴こえなかったヴェートーベン。
頭の中に広がる宇宙はどんなだったのだろう、と精一杯想像しながら弾きます。
なんだか、「それでも、立て。もがけ。」と言われているような、そんな気がします。

もっと勉強できたら、次はオケ譜を買って紐解くのが夢です!

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by shibukw | 2018-03-30 09:02 | 雑記、セガーレと音楽

五千人の第九コンサート

もう2月のことですが...五千人の第九コンサートに行きました。
場所は両国国技館です。

昨年冬から今までで一番の第九の波がやってきて、カタカナでドイツ語歌詞を練習してみたりしていました。
ただ、年末のいわゆる第九シーズンはこれというコンサートのチケットに巡り会えず...
来年にしようと諦めていたところに知ったのが、この国技館の五千人でした。
五千人という規模の合唱は私は聞いたことがなく、体験したい、その中に身を置いてみたいと思ったのでした。
洗濯機の中に放り込まれてみたい、と。

もしもベートーヴェンが”お空”にいるなら、見にきてたのではないかと思います。
「よしよし、今年も俺の曲を大合唱しておるな!聴衆は大感激しておるな!」と(笑)。
ベートーヴェンは世界中で大合唱されたかったのではないかと思うのですよね。
大阪の1万人もきっとそうですね。

コンサートでは1〜3楽章も堪能しましたが、
大合唱の大きな渦に自分を差し出し、気持ち良く飲まれてきました。
カタカナドイツ語で心の中で一緒に歌いました。
ちょっとスランプだった辛い気持ちをようやく動かすきっかけをもらえた、忘れられないコンサートになりました。

入ったことのなかった国技館にも感激しました。
一緒にいった人と、うっわー、広いね!!高いね!と驚き、喜び。

席は2階席だったのですが、終わってからちょっと升席の方へ行って見ると、
あの、座布団が!!相撲で時々飛んでる座布団ですね!
うん、ここで相撲を見たらそれはそれは盛り上がるのだろうな、と思いました。

そして、こんなコテコテの日本風施設でお相撲さんの大きな写真がいくつも飾られているような場所であっても、
第九の持つ力は何ら変わらない。
雰囲気に左右されることはない。
音響はやはり音楽ホールには及ばないですが、そんな感想を持てた貴重な体験であったと思います。

恒例なので、またいつか行こっと!

by shibukw | 2018-03-24 00:12 | 演奏会、CD、動画、映画

耳で聴かない。心で聴くのでもなく

大人の生徒さんのレッスンでは時々、
耳で聴かない、とお話しています。

これは、私が1年くらい前に経験したことからお話するようになりました。

とても深く集中して弾けていた時に、
演奏している音はお腹の底あたりで響いていて
他の雑音は耳から聴こえるということがあったのです。

科学的にアリエナイ話ですね(^^;)こういったのが苦手な方もいらっしゃると思います。
私も以前は割とそうだったのですが、最近は「演奏が良くなるならなんでもアリ!」と思うようになりました(笑)。

こういった感覚は、人それぞれ色んな表現の仕方があると思います。
あくまで私の感覚ですが、「心で聴く」とも違っていて
お腹の底で聴く、自分の全てで聴く、
もっと感覚に近い言葉で言うと「自分が音楽になる」です。

ピアノを弾くのではなく、
ピアノと奏でる。
ピアノとひとつになって自分が音楽になる。

鍵盤の木目(直接見えないですが)と自分の指紋が
ひとつひとつ、打鍵の瞬間ごとに繋がって
指先は鍵盤に引き寄せられて吸い付いていく

そんな感じでした。

ある時、本番近い時に生徒さんの演奏を背後からお聴きしていて
すごくすごく上手になったのだけど、何かが足りない
上滑りしてしまっている気がする、
一言で表すなら「聴く人をぐっと掴まない」。

うーん、、、と思っていて
「あ」と気づきました。「耳で聴いてるんだ」と思いました。

生徒さんに前置きで「とても感覚的なお話なので、好みが分かれるところだと思います。
聞いてみてピンとこないとか興味がわかないようなら流してくださって結構ですから〜」とお話してから

「耳で聴くのをやめてみましょう」とお話しました。
今は、自分がいて、ピアノがあって、鍵盤を指で押し下げて、音楽が鳴り、それを耳で聴いている状態。
そうではなく、自分を開いて、ピアノとひとつになって、自分が音楽になるつもりです。
ピアノの音を外部からのものとして聴くのではなく、自分が鳴っている。

概要はそんなお話をしながら、あーだこーだ弾いていくうちに、
生徒さんの集中がどんどん深くなっていき、演奏が変わりました。

深く深く、語りかけてきてくれる音楽でした。
掴まれ、揺さぶられました。切なく、美しく。

それは短い間でした。その集中を維持するのはとても大変ですから。
生徒さんも、「これで演奏はし切れない〜〜(0o0;)」。

そのレッスンが終わった時、生徒さんはとっても消耗したご様子(笑)。
集中力、めっちゃいりますね。
「これでいつもは、できないかも〜〜(^^;)」とおっしゃるので
「あ、もちろん!いつもこんな風に弾こうとしなくて大丈夫です。
それに、少ぉしずつ、ヒット率が上がっていきますよ!
私も、最初はマグレだったのですが、だんだんとそうなれる率が上がってきています。
そうなれる時というのがわかるようになってきたり。
引き出しとして、使いこなせるようになりたい、と思ってみて頂ければ十分です。」
みたいなことをお話しました。

なんでもそうだと思うのですが、ゼロを1にするのは、大変ですね。
1を2にするよりも、きっとずっと大変。
ゼロが1になれば、少しずつ動き始めます。
それは、電池のない時計に電池を入れたら「カチッ」と秒針が動いた、その瞬間だと思うのです。



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by shibukw | 2018-03-16 08:44 | レッスン(全般)

美術館で格段レベルアップ!

以前、大人の生徒Aさんがフランスものに初挑戦なさいました。
Aさんはバロックがお好きで、ソナチネもAさんの音色があうのでお得意。
ショパンのワルツなどのロマン派も、ずいぶん雰囲気を掴んでこられました。

私はそんなAさんにとって、きっと何はなくともその雰囲気を感じられるようになることが大事だろうなと思ったので
まずはサティのジムノペディから始めることにしました。

Aさん、見た目弾けそうな楽譜なのになぜか手こずるし、やってもやってもスラスラ弾けるようにならなーい、という”フランスあるある”でしたがそれでも頑張って、弾けるようになっていきました。

でも、、、やはり、もっと雰囲気をもって演奏したいですね、というところ。

お話の中で、拍子の感じ方、などだけでなく

”一音一音が、落ちても割れないシャボン玉。
虹色に輝いて、ぽわん ぽわん とゆっくり落ちてきては床に着くか着かないかでバウンドするように”

”その音が、ぽわんぽわんと部屋中に満ちていくように”

などとお話しすると、翌週にはずいぶんよくなっていらっしゃるのですがやはり、ジムノペディの雰囲気になりきりませんでした。

こういうとき、「イメージがあるのにできない」のか「イメージがわかない」のかが大事だと思うのでお伺いしたところ
聴いてある程度はイメージあるけど、これ以上は...という感じのようでした。

そこでお勧めしたのが美術館。
上野の西洋美術館、常設展です。
お勧めする理由を
・絵画などは、音楽と違って天才たちの仕事(作品)がそのまま残っています。ぜひその世界に触れて、存在を感じてください。
・美術館というところは、一歩入ったら、外から遮断されて、芸術の世界に埋没できます。その空気に身をおいてきてください
「私は、この世界で生きているのだ」と思ってみてください。
それは、趣味かどうかとかは関係ありません。”おこがましい”みたいなのを頑張って捨ててください!
・絵画の前で、頭の中でジムノペディを流してください(イヤホンガイドのBGMがあればそれがいいです)

などと、お話しました。

最初は「美術館かあー...」という感じだったAさんでしたが、お話するうちに「良いかも!」と思ってくださったようで
お出かけになりました。

行ってきたあとのレッスンで「すごい良かったです!!!」と話してくださったAさん。

聴かせて頂いたその演奏、た・る・や!!

Aさんの美しいジムノペディが、私の中に満ちていきました。
しあわせでした。

同時に、あぁ私の言葉はなんて無力なんだ、と撃たれました。
私が一生懸命どれだけ言葉を尽くしても、美術館が起こしてくれる変化、呼び覚ましてくれる感性には遠く遠く及ばないのだ、と痛感したのです。
本当に、素晴らしい演奏でした。

お気に入りの絵画の前でしばらく座って鑑賞なさったのだそうです。
ポストカードも買っていらしたのだそうでそれを見せてくださり、
「大人になって、こんな風に世界が広げられだなんて」というようなことをおっしゃいました。
私はとてもとても幸せな気持ちでした。

そして思い出すのです。
私もそうして、お師匠さまに、世界を開いて頂いたこと。


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by shibukw | 2018-03-08 08:31 | レッスン(大人)

作曲家の感受性に近づいていくために

私は、作曲家という人たちは、きっととてもとても、
感受性の強い人たちであろうと思っています。

「普通」...といっても、「普通ってなんだろ、そんな人いるかな」とも思いますが
便宜上、”普通”と書きますね。

普通の人にとっては「いた」という痛さが
作曲家にとっては「いってぇぇぇぇぇぇ!!!」で

「しょぼん」が「くそぉぉぉぉぉ!!」で

「悲しいな...」が「もう生きていけない...」で。

そして良い方も、
普通の人にとっての「幸せ(^^)」が、天にも昇る喜び、解放される全能感、で。

そしてそれらが、ジェットコースターのように襲ってくる。
それを器用に乗りこなすこともできない、その、しんどさ。

この感覚は、とてもとても大事だろうと思います。

痛みのある曲が、痛みのある演奏になっているか。
悲しみに満ちた曲が、そうなっているか。
天上の音楽が、天使が舞う中で演奏できているか。

そういった、言葉や数値にできないその表現力は、
共感、想像できることで生まれてくるのではないかと思うのです。
どの音をどう出す、といった計算ではなく、
そもそも、心から湧き上がってくるもの。
そうせざるをえない、というように。

ただ、一般の会社などで働いていたり、家庭の中では
そういった感情の激しいアップダウンはあまり歓迎されるものではありませんね。

ですから、大人の生徒さんに、時々そういうお話をしながら
想像してもらいます。

「今は、作曲家になるスイッチを入れて、
ご自身の感情を呼び起こしてください。
ちょっとしたことを、のたうち回って痛がってください。
そういった感情に飲み込まれることがなんとなく不安かもしれませんが、大丈夫です。
そのスイッチの切り替えを、少しずつ覚えていきましょう。
大丈夫、使いこなせます(^^)」と。

====

そして生徒さんの想像力を磨いていただくために絶対不可欠なのが、
私自身が感受性を磨くこと、です。
私の感覚は生徒さんの表現力の向上に直結するなと実感しています。

感受性を磨く、感情を磨くために...
もがく。
自分で、痛み、悲しみ、どうにもならない辛さを全うする。
逃げず、適当なところで手を打たず、まぁまぁなところでまとめずに、
倒れるまで。
あ、生徒さんに倒れてください、とは言いません(笑)。

感情は、振り子のように、正負の振れ幅は等しくなりますから、
マイナスを味わった分だけ、プラスの感情もレベルアップできます。
苦しいところを、それでも潜りきった、その深さの分だけ、翔べるのです。

そして同様に、感情を大きく動かした分だけ、
感情を削ぎ落とした美しさも、みえてくる、と感じています。



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by shibukw | 2018-03-04 10:05 | レッスン(大人)

同じ音は耳についちゃうから

こんにちは(^^)

前回の記事で、

大きすぎず小さすぎず
遅すぎず早すぎず
切れず繋がず」

そして、

「なんだか、こんなに「すぎず」と書くと
見ててそっちが目に付きますね(笑)」
と書きました。

こう書いた時、音と同じだなぁと思いましたので
記事にしまーす。

***

特に子供の生徒さんにお話することですが

ドソレソミソファソミソレソドソ〜

と、すべての音を同じ音量で弾いたら
「ソ」がとても耳に付きます。
後半になるにつれて、耳に付き度もアップします。

一回置きに「ソ」を弾いてるので
だんだん「ソ ソ ソ...」と聞こえてしまいそうなくらいです。

でも、上記のフレーズで大事なのは
ソじゃない方です。

ソじゃない方を取り出すと

ド レ ミ ファ ミ レ ド 〜

で、これが旋律。(カエルの歌が〜、と同じですね)

この旋律が浮き上がってくるように、
ソは、できるだけ小さく弾きます。
(でも消えはしないように、”ぬるい”音にもしたくないですね)

と、生徒さんにお話してから弾いてみせると
「なるほどー」と感じてもらえます。

***

なお上記のフレーズが左手である場合、
右手でやるより尚更大変になります。

右手で弾くならソは小指
だけど
左手だと、ソは親指
だからです。

親指って、太くて短くて、普通に弾くとドカドカと音が出てしまいますね。
子供の場合は余計な気がします。
力が入りやすいので。

***

私自身、記憶があります。
子供の時、先生が聞かせてくださって、
隠れていた旋律(上記の場合は「カエルの歌が〜」)が出てきて、
「うわぁぁー!」と思いました(^^)
「それ、やりたい!!」とテンション上がりましたねぇ。

そして、「またあれ、ないかな?!」と徐々に探せるようになったような。

自分で発見できた時は、尚更、嬉しいですね!


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by shibukw | 2018-03-01 08:44 | レッスン(子供)